ー治療のため、手塚は九州に行く事になったー
出発前夜
いきなりの告白。その瞬間、体が衝撃を感じているのが手に取るように分かった。
頭の思考回路がグチャグチャになって、その後何があったのか
全く覚えていない。
不二周助、青春学園中学3年生。
手塚国光、同じく青春学園中学3年生。
二人は同じテニス部の仲間であると同時に、恋人の仲でもあった。
そんな二人に、今までこんな大事件があっただろうか?
毎日のように顔を合わせていた二人が、離ればなれになるなんて、
そんな信じられない・・・事実。
他の部員とは訳が違う。
もちろん悲しかったりはしただろうが。
不二はボーリングでの疲れも忘れてしまった。
メンバーは驚きながらも解散。それぞれの家路についた。
不二も周りに流されるまま、家へと向かった。
「周助、お帰り。ボーリングはどうだった?」
姉、由美子がいつものように声をかける。
いつもなら快く返事をする所だが、今はそんな気分じゃなかった。
何も喋らない弟に驚く姉の視線を浴びながら、部屋に入る。
世界がぼやけて見えた。
彼のいない生活なんて、生きている心地がしない。
朝起きて、学校に向かって、授業を受けて、部活に行って、帰って・・
すべての行動が色をなくす。まるで登場したてのテレビのような、白黒。
悲しさを通り越して、涙さえ出なかった。
そんな時だった。
ートゥルルル・・トゥルルル・・ー
電話の音。
その少し後、階段を駆けて来る足音。
「周助、電話よ。お友達から。アダルトく・・じゃなくって手塚君から。」
ー手塚から・・・?!
体の動くままに受話器を受け取る。
「・・・もしもし?」
「あぁ、不二か。」
いつもの低い声。声を聞くだけで少し心が落ち着く。
「・・・ねぇ、」
ふと不二の口が動く。
「今・・暇かな・・?」
自分から電話をしたのに、いきなり問いかけられ驚く手塚だったが、
「・・あ、あぁ。暇だが・・。」
「今から・・家、行っちゃダメかな・・・?」
不二は、自分が何を言っているのだ、と感じながらもどんどん口が動くのを止める事ができなかった。
今しかない、と何処かで思っているのかもしれない。
「・・別に構わない。」
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進む足は早く。
心臓の鼓動は激しく。
端から見れば落ち着いているように見えるかもしれない。
自分ではここまで取り乱したのは初めてだと感じている。
気がつけば既に表札の文字は「手塚」。
・・・ピーンポーン・・・
すぐに扉は開いた。そこに立っていたのはもちろん手塚国光。
「早かったな・・。」
「そう・・かな?・・そうかも・・。」
「取りあえず、上がったらどうだ?」
手塚の言う事は絶対。不二は手塚家に足を踏み入れた。
階段を上ってすぐの扉をあけると、きれいに片付けられた部屋。
手塚の趣味がちりばめられた、いかにも手塚らしい部屋だった。
不二がこの部屋にやって来るのは初めてではなかったが、
なんとなく初めて来た感じがした。
「いきなりすまなかったな・・」
「えっ・・」
手塚が突然謝罪の言葉を口にしたので不二は少し驚く。
おそらく九州へ行く事を言っているのだろう。
「何度も言おうとしたんだが・・なかなか言い出せなくてな・・・」
「あ・・うん。」
「俺も行くか悩んだんだ。まだ大会は続いているし。」
「そうだね・・」
「竜崎先生の勧めもあって、なるべく早いほうが良いだろうという事になったんだ」
「そう・・」
「明日・・・」
「え?」
「明日出発する」
「あ、あし・・・た?」
さっき急に話しかけられた時の何倍も驚いた。
明日。24時間後。いや、もうそんなに時間は無いだろう。
ただ、どこかで予感してはいた。手塚の事だ・・もしかしたら、と。
「そっか、明日・・ね」
「あぁ・・・」
暫くの沈黙。
ーそうか、朝起きて、学校に向かって、授業を受けて、
部活に行って、帰って・・・そこに手塚は居なくて。
あるのは周囲の噂話。
でも、それさえもあっという間に消え去るだろう。
いつまでも残るのは、心にぽっかり開いた穴。ー
「ねぇ、手塚・・・思い出が・・欲しい・・。いいよね・・・?」
思わず発してしまった言葉。
手塚がその言葉の意味を頭で理解する前に、体で理解した。
不二の手は手塚をベットへ押し倒す。
すこし驚く手塚に強引に唇を重ねた。
「ん・・・っ」
「はぁ・・・・手塚・・・」
「不二・・・?」
「僕の事、忘れないよね・・。」
「あぁ・・っ」
何度も何度も。激しく。より激しく。
服は無造作に床に投げ捨てられた。
不二の目からは一筋の涙。それが手塚の整った顔に、ぶつかって弾けた。
気持ちと体は繋がっているものなのだ、と初めて感じた。
そうしているうちに、不二の心は満たされ、落ち着いていった。
寂しい気持ちはおさまらない。悲しい気持ちは隠せない。
ただ、手塚と一緒にいられる今が嬉しかった。
手塚は不二を忘れないと言った。手塚の言葉は絶対だ。
暗い気持ちで長々と悩まず、手塚が側にいる今を自分で過ごす事が、
手塚との固い絆に繋がると信じて。
ーチュン・・チュン・・・ー
不二はおもむろに目を開いた。
「うっ・・」
と同時に、眩しい光が差し込んでいる事に気づく。
ー・・・朝?
体を起こしてふと見ると、シャツのボタンを止めている手塚の後ろ姿。
棚にはきちんとたたまれた自分の服があった。
後ろに気配を感じた手塚がふと振り返る。
「あぁ・・・不二、起きたのか。」
「うん。おはよ、手塚。」
今日、歩いて5歩という所に立っている一人の男がこの場から居なくなる。
「手塚・・」
「何だ?」
「僕の事、忘れたら承知しないから。」
「・・あぁ。分かっている。・・・不二も」
「ん?」
「不二も俺の事を忘れるなよ・・」
手塚らしくない。あまりにも手塚らしくないので不二はおもわず笑ってしまった。
「なっ・・」
「手塚。」
そう言って手塚を手招きする。
手塚も素直に手招きされる。
と、不二は手塚の腕を引き、いきなり唇を重ねた。
光に照らされた部屋にいる二人のシルエットは黒く、重なっていた。
「僕が忘れる訳ないでしょう?」
手塚は顔が赤らめた。
ふと時計を見て、時間が迫っている事に気づき慌てて準備に戻る。
「不二・・・はやく服を着ろ。」
「え?」
「・・置いて行くぞ。」
心に誓った。
手塚の夢、全国大会へ行く事を。
勝ち続けて、手塚の存在を忘れない事を。
手塚が帰って来るその日の為に・・・。
ーENDー
☆コメント☆
テニスが大本命だった頃に書いた物です。発掘。
ちょっと不二子が受けくさかったかもしれません・・。
でもそういう彼も有りだと主張したいです。(何)