きっかけはそう、些細な事だった。
積み木遊び
エンチューとムヒョは2人とも大切な友達だった。
だから、2人が執行人になれるかもしれないと知ったとき、正直とても嬉しかった。
と同時に悔しくもあった。
エンチューとは恋仲にあった。
よく喧嘩もしたけれど、自然と仲直りはできていて、いつのまにか何で喧嘩したのかさえ忘れてしまっていた。
それくらい、いつも些細なことで喧嘩していたんだ。
2人が執行人になるため必死で勉強していた頃、俺はよくエンチューの家に出向いていた。
といっても邪魔はできないので、ただ部屋の隅でエンチューの家にある本を読んだりしているだけだったのだが。
その日も俺は、エンチューの邪魔をしないようにじっと黙っていた。
何しろ試験までもう僅かだったから。でも気になったから、様子を見に行った。俺は馬鹿だったんだ。
そして何を思ったのか、ふと口を開いてしまった。
まさかそれがあんな結果につながるなんて、その時は思っても見なかったから。
「エンチューとムヒョ、執行人になれるのはどっちか1人なんて・・・なんか複雑だよな。」
独り言のつもりで発した言葉も、時計の音が聞こえるくらいしんとした部屋ではよく響く。
普段滅多にこっちを見ないエンチューが振り返った。
「・・・・・・。」
「あ、悪いエンチュー・・・。」
「いいよ、別に。・・・それより・・・
ヨイチは僕とムヒョ、どっちに執行人になってもらいたいの・・・?」
すっと顔を上げたエンチューを見て、俺は少し驚いた。
エンチューはいつもずっと壁のほうを見ているから、まともに顔を見たのは久しぶりだった。
少し痩せて、ろくに寝ていないのか顔色も悪い。
その外見の所為か、その言葉がずっしり圧し掛かって、エンチューの発した言葉とは一瞬思えなかったんだ。
「・・・な、何言ってるんだよ・・・そんなの2人とも応援してるに決まってんだろ・・・。」
多分曖昧な風に喋ったと思う。それがエンチューの何かを刺激したのは言うまでもない。
「でも、受かるのはどちらか1人なんだよ。ヨイチは・・・当然僕を応援してくれてると思ってた・・・。」
エンチューは少し俯いた。
それを見て、少し悪いことをした気になった。
「確かに受かるのはどっちかだけど・・・どっちか1人だけ応援するなんて、俺にはそんな事・・・」
「じゃぁ、ヨイチは僕が落ちても良いっていうの・・・!?」
「え・・・」
その時俺は、嘘でもエンチューを応援してる、と言うべきだったのかも知れない。
でもその時の俺は、そんな事気がつくはずも無くて、
それどころか、エンチューの一方的な怒りに少しイラついていた。
それに、此処で怒って喧嘩になっても、きっとすぐ仲直りできると、俺は甘い考えを持っていた。
「おい、何怒ってるんだよ・・・!誰もお前が落ちるなんて言ってないだろ!?
それに候補にあがっただけでも名誉な事なんだ・・・俺なんか、お前みたいな可能性だって持ってないんだぞ・・・!
なのに一方的にそんな事言われて、俺がキレないとでも思ったのかよ!!」
こうしてエンチューの前で大声を出すのも久しぶりだった。
だから、エンチューも少し驚いたのかもしれない。部屋に少しの沈黙が流れた。
「・・・僕、勉強で忙しいんだ。」
その沈黙を破ったのはエンチューだった。
気のせいかもしれないが、エンチューは少し震えている。
怒りなのか泣いているのか、原因は分からないが、後者だと心の中で思った。
でも此処で謝れるほど俺はよくできた人間じゃない。
「言われなくても帰るよ・・・。」
側にあった荷物をまとめて、ドアの方へ向かった。
「ヨイチは本当は、ムヒョの方が好きなんだ。・・・早くムヒョの所に行ってあげなよ・・・!」
その言葉がまたムカっとして、俺は何も言わないでエンチューの部屋を出た。
ドアを閉めてから少しして冷静になり、何故だかとても不安になった。
その時はどんな不安なのか分からなかったけれど、とても嫌な予感がした。
ただ、心のどこかで『そのうち仲直りできる』という不確定な決まりがあったから、そのまま階段を駆け下りてしまった。
それが、俺がエンチューの部屋に行った最後の出来事だった。
エンチューとの会話も、それが最後だった。
酷いことを言っておいて、謝りもしなかった。
エンチューはきっと、寂しかったんだ。
それに気がついたのはエンチューが闇に身を投げた後の事。
エンチューの部屋にあった物はいつの間にか消え去り、今はそこにエンチューが住んでいなかったように見知らぬ老人が住んでいる。
そう、もともとエンチューなんて人間、どこにもいなかったというかのように。
ただ、エンチューの仕出かした悲惨な事件は忘れるはずもなく人々の記憶に留まり、
エンチューの名は一気に魔法律界に広まった。
エンチューが望んだ優秀な執行人ではなく、最悪の犯罪者として。
気づかないうちに高く高く積み上げられた積み木は、
誰も気づかないうちに支えきれないくらいガタガタになっていて、
少し触っただけで、簡単に、崩れてしまった。
もう、どうすることもできない。
雪が降るほど寒くなったある日、久しぶりにエンチューの部屋の前を通った。
いや、正確にはエンチューのいたはずの、部屋だ。
それは3階建ての建物の2階にあって、記憶が正しければお世辞にも広いとは言えないものだった。
少しじっとしていると、その部屋の明かりが突然消えた。
そして階段から、見知らぬ老人がせっせと階段を降りてきた。
そう、もうあの部屋にはエンチューはいない。
というより、始めからエンチューはいなかったんだ。
エンチューこと、円空継は、元MLS生徒でもなく、
俺達の親友でもなく、
俺の大切な人だったわけでもないんだ。
円空継は、悪の根源、人々を脅かす悪魔、魔法律の敵。
そう言い聞かせて、今はエンチューを捕まえるしかない。
エンチューが最後に発した言葉、訂正する事も、自分の言葉を謝ることもしなかった後悔や罪悪感など忘れて・・・
俺は、しっかりしなくちゃいけないんだ。
もう、足元に散らばった積み木に躓かないように・・・。
Fin.
*あとがき*
ずっと書きたかったイチエンです。
イチエンはシリアスが好きなもので・・・近いうちに甘い感じの物も書きたいと思います。
2005.10.16